今年2024年2月6日、日本が生んだ世界的大指揮者である小澤征爾さんが逝去されました。享年88歳。世界中にその名が知られる「世界のOzawa」の訃報は、ここ台湾でも即日ニュース報道になり音楽ファンを悲しませました。
1935年に奉天(中国・瀋陽)で生まれ幼少期を過ごし、キャリアの中でも中国との関係が深かった小澤征爾さんですが、過去の訪台については日本であまり詳しく知られていません。数回に分けて、当時の資料や新聞記事などから小澤征爾さんの台湾での足跡を探りたいと思います。
伝説的!数万人が鑑賞した1993年台湾公演
1993年11月、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の台湾公演が二日間の日程で行われ、小澤征爾さんが初の訪台を果たしました。
公演の詳細
日時:1993年11月12日(金)、13日(土) 19:30より
会場:国家音楽庁
第一日目プログラム
—途中休憩—
第二日目プログラム
メンデルスゾーン:『夏の夜の夢』より序曲
ベルク:管弦楽のための3つの小品 Op.6
—途中休憩—
1990年にウィーン・フィルの定期演奏会にデビューした小澤征爾さんは、1993年の定期演奏会ツアーを率いており、日本、韓国、台湾でタクトを振りました。
台湾の国家音楽ホールができてから6年後のウィーン・フィル訪台は、ホールの歴史的にもエポックメイキングな出来事であり、また小澤征爾さんにとっては初の台湾公演であったため、音楽ファンの注目度も並々ならぬものだったようです。
当時のコラムによると、この公演のチケットの3分の2は二日分のセット販売で、夏の先行発売時には10時間待ちの行列ができ、10月の一般発売日には1時間足らずで予定枚数を完売したそうです。インターネット普及やデジタル化前の時代ですから、当時のチケット売り場の大行列は想像に難くありません。
公演の第一日目のみ、新聞社主催によるコンサートの屋外中継が催されました。これは音楽ホール前の大広場に、大型モニターを設置しコンサートの生中継を行うというもので、無料で一般市民に公開されました。当時の様子を記録した写真がこちらです。
人、人、人…!ウィーン・フィルそして「世界のOzawa」の指揮を一目見ようと、まさに黒山の人だかり。集まった聴衆の数は多すぎて正確に数えることが難しく、6万人であったとも、少なくとも8万人であったとも言われています。
国家音楽庁のホールの収容人数は約2000人ですので、ホール収容人数の30倍以上の聴衆が集まったことになります。また、東京ドームのライブコンサートは最大で5万人ほどのキャパシティだそうですが、少なく見積もってもそれぐらいか、それ以上のオーディエンスが集まったことになります。
主催者は、クラシックコンサートへ聴衆が大挙して押し寄せたことについて、同年9月に台湾公演が行われたマイケル・ジャクソンのワールドツアー(Dangerous World Tour)を引き合いに出し「デンジャラスツアーでこそ実現できる大盛況ぶり」と、満足げに語っていたのだそうです。
ちなみに、マイケル・ジャクソンの公演は二日間、キャパシティ4万人の台北市立体育館で行われました。小澤征爾さんの屋外中継音楽会に、本当に8万人が集まったとするならば、聴衆の規模はマイケルの台北公演二日分に匹敵するか、あるいはそれ以上だった可能性もあるということになります。
チケットが買えなかった音楽ファンが多くいたことや、台湾ならではの強力なクチコミの力、何よりも入場が無料だったということもあり、週末の夜にたくさんの人が集まったのでしょう。それにしても、クラシック音楽のコンサートにスーパーアイドル並の数万人を集めたというこの小澤征爾さんのエピソードは、今でも伝説的です。
屋外の大スクリーンの前にはステージが設置され、ドレスアップした男女の司会者も登場し会場を盛り上げました。また、公演後には小澤征爾さんもカーテンコールのような形で姿を現し直接聴衆に挨拶をしました。アフターコロナの現在、こんなに人が集まる光景は全く想像もできませんが、このことには当時の小澤さんもさすがに驚き、熱狂的な観衆にとても感激していたようで、報道によると「台湾の音楽ファンの音楽的素養と、この屋外中継コンサートは忘れ難い」とコメントを残したそうです。もちろん屋内で生演奏を聴いた人の感動もひとしおで『新世界より』の演奏を聴いて涙を流す人もいたほどでした。
第二日目の公演は屋外中継がなく、チケットを購入できた人のみが聴けたため、演目の異なるもう一つのコンサートを聴きたいがために、ファンたちもかなり頭を使ったようです。一人が公演を最初から聴きインターミッションで退場、外で待つもう一人にチケットを渡し再入場させ、一枚のチケットで二人が鑑賞するという作戦をとった人も少なくなく、音楽ホール一階のカフェにはこの「順番待ち」をしているファンがいたのだとか。
中国語には「上有政策下有對策」(上に政策あらば下に対策あり)という言葉があるのですが、このエピソードに触れてこの中国語表現を思い出し、なんとしてでも聞きたい!という音楽ファンの強かな「対策」に想いを馳せてしまいました。二日目のブラームス交響曲4番の演奏は圧巻だったようで、演奏が終わった瞬間、会場は5秒ほど静まり返り、この沈黙のあと、人々は我を忘れたように「Bravo!」と連呼し大歓声をあげたそうです。このようなエピソードからも、小澤征爾さんの初めての公演が台湾の音楽ファンに熱狂的に迎えられたことがわかります。
この歴史の舞台になった広場を眺めるたびに、数万人で埋め尽くされた様子と、その大歓声の響きはいかほどだったかと想像します。コロナ禍を経た今では、そんな大人数が集まるなどとても考えられず、小澤征爾さんの存在がいかに大きいものなのかを思い知らされます。そんな小澤征爾さんの台湾でのエピソードを次回もまた紹介したいと思います。お楽しみに。
本日の中国語キーワード
世界のOzawa:世界的小澤 shìjiè de Xiǎozé
ウィーン・フィル:維也納愛樂管弦樂團 wéiyěnà àiyuè guǎnxián yuètuán
マイケル・ジャクソン:麥可・傑克森 Màikě Jiékèsēn
デンジャラスツアー:危險之旅 wēixiǎnzhīlü3
伝説:傳說 chuánshuō
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